杉田敦「デモクラシーの論じ方」

以前とある機会に杉田敦氏の文章に触れたことがあって、明解な論理展開だったので、いつか氏の作品を読もうと思っていた。この前ふらっと図書館に立ち寄ったときに、杉田敦の名前を偶然見つけたので、借りて読んでみた。
体裁は、AとBの二人の対話形式となっており、読みやすさに最大限に配慮していると言える。一方、中身はというと、政治における二項対立、本質的とも言える種々の問題に踏み込んでおり、政治思想入門としても、議論の叩き台としても最適な本である。
読んでいくと、論理性もなかなかに鮮やかである。私は過去に住民投票問題について取り組む機会があったが、以下の疑問は当時には思いもよらないものであった。

しかし、「議会制デモクラシーか、直接デモクラシーか」という具合に、二者択一的に考える必要があるんだろうか。あるいは、そもそもそういう問題の立て方は健全だろうか。どうも、従来の政治的議論の中には、議会と直接投票がトレード・オフの関係、つまり、一方が強まれば強まるほど他方が弱まるという関係にあるかのようなイメージが定着しているけど、その根拠はどこにも示されてはいない。どうして両者は、そういう具合に対立していると言えるのか。もしかしたら、相乗的な関係というか、一方が強まれば他方も強まるような関係があるかもしれないじゃないか。

杉田敦「デモクラシーの論じ方」p98

しかし、残念なのは、この疑問に対する答えがはっきりと出ないまま、問題が他に移ってしまっている点だ。問題提起をしては論点をすぐに移し替えるという箇所は、他にも多々見られるところだが、それはこの本があくまでも議論の叩き台であるということを示すものだろう。実際、本書で上がっている種々の疑問を解決するには、それこそもう一冊本を書かなければならなくなる。
本書の特筆すべきもう一つの点は、AとBの二人の主張にそれぞれ「ねじれ」が見られることだ。それは、AとBの対話という設定の抽象性を超えて、実際の人間が考える際に不可避な、生々しい矛盾を表現している。ただ、この点に関して、あまりにもねじれすぎていることが気にかかった。AとBの対話の立ち聞きという軽い読み方をすれば気にはならないが、AとBの二人の思想的性向をまとめようとすれば、この度重なるねじれは総括を難しくしている。著者はこのねじれについて後段でまとめのようなものを丁寧に書いた方が良いのではないかと思った。
この本は手軽に読めるわりに、内容としてはなかなかに深いところまで切り込んでいるのであるが、後段に入ってくると少しマンネリのような印象が否めなくなってくる。というのは、AとBが互いに反駁するときに頻用する論理が見えてくるからだ。しかも、タチの悪いことに、後段になると屁理屈としか言いようのない論理も垣間見られるようになる。あくまでも体裁はAとBの対話形式だが、彼ら二人は著者の論理展開の道具であり、その論理は本質に沿ったものでなければ、たちまち陳腐と化してしまう。また、AとBの対話という形式に隠れて、結論を著者の意図によって誘導しているとも読み取れる箇所がいくつかある。本質に切り込む議論は結構だが、200ページもないという装丁の軽さからして、もう少し内容補足を含めて充実させてもよいのではないかと思った。ま、基本的には入門に適した良書であることには変わりはない。

デモクラシーの論じ方―論争の政治 (ちくま新書)

デモクラシーの論じ方―論争の政治 (ちくま新書)