古いアタマと新しいアタマ

PCに結構詳しい友人が「web2.0って何」とかぼやいてた。
彼が詳しいのは主にハードの方だったか。
本当にweb2.0の内容を理解してないわけではないと思うのだが、新しい仕組みにゃ色々と問題が生じますぜ、みたいな問題提起が主らしい。そして彼は自分を「古いアタマ」だと言っていた。

私はとやかく語れるほど造詣が深くないが、なんとなくその言い分は理解できる。
「ウェブ人間論」の書評を書いたことがあるが、梅田望夫氏が夢想したような、これから新たな可能性が拓けるみたく語る辺りは、常人からすれば軽くドン引きなんだろうな、と。
私としてはそれに賛成でもなく反対でもなく、どうなるんだろうねと傍観するだけなのであるが。梅田氏の問題提起にピンと来ない時点で、そういう意味では私は「古いアタマ」なのだろう。
そろそろ昼飯を食べに出立せにゃならんので、この辺で中座。帰ってきてから気が向けばもう少し語ろうかと思う。

続古いアタマと新しいアタマ

帰還。
この先を強引に語ろうとすると混乱しそうなので、少し整理を入れる。
まず「新しいアタマ」。これは革新派とも言える。
で、少し話が飛ぶが、私の知ってる中にも、こいつは周りと何か違う新鮮な感覚を持っていると思うヤツがいる。
彼を見ていると、常識に見向きもしない。目的に向かって色んなハードルを苦労せずに超えていく。
そりゃ能力があるからだ、ということも言えるが、ちょっと違う。
前だけを向いていて、足下も見ないし、振り返りもしない。
見ていて、こいつはすごいなと思う。


これと対照的に「古いアタマ」は色んなハードルを気にする方だし、気にしてばかりだから前に進めないのか。これは保守という語とも感覚が似ている。
最初に問題を持ちかけてきた友人はこういう意味で言ったのだろうと思う。


で、どっちが良いか悪いかというのではない。
基本的に革新は保守が提起する問題を乗り越えていくが、革新は前しか見ていないから、思わぬところで足をすくわれるかもしれない。
ま、こういう二つの思想の間で対話を持つことは重要だと思うし、保守は革新のために適切な方向修正をしてあげられるかもしれない。
そして私は「ウェブ人間論」の対談の意義をそういう形でも受け取った。

華麗なる一族最終回

面白かった。このドラマの面白さは人間の欲望を描くリアリティである。前回は鉄平が法廷で理想を語る辺りがリアリティを欠いて非常に面白くなかったが、最終回はさすがと言える結末だった。
ドラマが原作とストーリーを変えていることは知っていたが、私は白い巨塔(財前=唐沢版)と比べて負けているなと思っていた。
私は山崎豊子の小説を読んだことはないのだが、読んだことのある友人に言わせると、白い巨塔以外は全て悪が勝つ結末に仕組んであるのだから(白い巨塔も悪で終わる結末のはずだった)、白い巨塔のほうがよく見えるのは当然らしい。その上で彼はストーリー改編したにしてはよくできているよと言った。
さて、最終回を見て。今までの流れを納得できるようにまとめ直している。大まかには高度経済成長の枠にはめ込んだか。本当によくまとめたなぁと思う。
私はこのドラマで大介の策謀の手管の数々に歓喜した。このドラマの楽しみは世知辛さ(実際これほどは稀かも)を傍観できることだろうかと思う。ま、登場人物の誰かに心情を重ねると途端に暗鬱なドラマと化するのだが。